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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6992号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕三、被告会社の責任

(一)<証拠>によると、原告ら主張の請求原因第二項の(2)の(イ)から(ハ)までの各事実(「編註」請求原因二、(2)の(イ)から(ハ)までの事実は次のとおりである。

(イ) 被告城田は昭和三八年二月中旬頃、自動車の運転免許の資格を有することから被告会社に入社し、運転手兼荷造係の業務に従事し、毎日のように荷造をした被告会社の商品を被告会社から高崎駅まで自ら被告の自動車を運転して運搬していた。同年五月中旬以降はセールスの見習となり、他の販売員と一緒に自動車で高崎市内をはじめ、群馬県内の販売配達を行い、この際には被告城田を運転していた。

(ロ) 被告城田は本件事故発生の日の前々日の昭和三八年六月一日(土曜日)の夕刻、被告会社のための業務たる被告車の運転を終えた後、これを被告会社の建物(これは門塀により囲まれている)に隣接する同社の自動車置場(これは空地を鉄線で囲んだもので施錠はない)に収容し、帰途を急ぐ余り、被告車の鍵を上衣のポケツトに入れたまま退社し帰宅した。翌二日(日曜日)被告城田は高崎市内に遊びに来たが、夜遅くなつて最終バスに乗り遅れた際、前日から被告車の鍵を所持していることに気がつき、前記被告会社の自動車置場から被告車を出し、これを出し、これを運転して帰宅することを思いついた。そこで被告城田はタクシーで被告会社まで行き、同社宿直員等に断ることなく、右置場に入つて被告車を持ち出し、これを運転して帰宅した。翌三日(月曜日)早朝、被告城田は被告会社の他の社員が出社するまでに、被告車によつて早目に出勤しようとして安中市の自宅から高崎市の被告会社に向け急いで運行中本件衝突事故を惹起した

(ハ) 本件事故当時被告会社は大型トラツク一台、小型(普通)トラツク二台ライトバン型三台、乗用車一台を使用していたが、トラツクは前記のとおり空地に鉄線をめぐらした程度の、しかも施錠がなく何人も出入が自由な場所に置かれていた。自動車の鍵は、その日の担当運転手が置場に自動車を収容して、退社する際、被告会社事務室の金庫の右隣に、板に釘を打つて鍵を掛けるようになつている所定の位置に、掛けて戻すというようになつており、特定の責任者が鍵を閉めて点検し、一括保管するということはなかつた。従つて、本件のように被告城田が鍵を返還することなく持ち出して帰宅することもできうる状態にあつた。)(ただし、被告城田が被告会社の従業員で自動車の運転業務にも従事していたことは当事者間に争いがない)並びに被告城田の被告会社における職務は必ずしも明確なものでなく必要に応じて配達のための自動車の運転、セールス、荷造等に従事し、本件事故発生以前にも被告車を被告会社の業務のために何回も運転したことがあること、なお被告城田は運転免許を持つているということで被告会社に入社できたこと、本件事故内前に、被告会社の社員の結婚式があつた際、被告城田は被告会社の自動車を運転して式に参加した人達を乗せたが、そのため帰りが遅くなつたので被告会社の自動車で帰宅したこともあつたこと、以上の各事実を認めることができる)。

ところで民法第七一五条にいう「事業ノ執行」とは主観的、具体的に使用者の事業の執行とみられる場合にとどまらず、一般的抽象的にみて事業の執行と解される場合を含み、又使用者はその管理上の過失によつて被用運転手の無断、私用運転を可能ならしめたときは事業の執行に準じて使用者責任を負担すると解するを相当とするところ、本件についてこれをみるに、前記認定事実によれば、本件事故当時における被告城田の被告車の運転は一般的、抽象的には被告会社の業務の執行とみることができるし、また被告会社はその管理上の過失によつて被告城田の右運転を可能ならしめたものであるから、いずれにしても被告会社は被告城田の惹起した事故につき民法七一五条の使用者責任を負担するものといわなければならない。

(二) 被告会社は当時被告車を群馬トヨタ自動車株式会社から代金完済時所有権移転の特約で買受け、自己のために使用中であつたことは、被告会社の自認するところであるから、これによれば被告会社は被告車を自己のため運行の用に供しうべき地位にあつたものということができる。

(三) (被告会社の抗弁について)

被告会社は、被告城田による本件被告車の運行は被告会社の了解を得ないでなされた無断かつ私用のための運転であるから、本件事故当時は被告会社は被告車の運行使用者たるの地位を有していなかつたと主張するので判断するに、被告城田が本件事故発生の日の前夜から未明にかけて門を乗りこえて被告会社に忍び入り、被告車の鍵を盗み出してこれを運転したとの<証拠>が直ちに信用できないものであることは上記判示のとおりであり、その他被告城田が被告会社の有する被告車に対する一般的な支配力を排除して、被告車を運行したものと認めるに足る証拠は存しない。前に認定した、被告城田の被告会社における職務分担、被告車その他被告会社の業務のために使用されている自動車の使用状況、被告城田の本件事故当時における被告車の使用目的、被告会社の被告車等(及びその鍵)の管理状況によれば、被告会社は被告城田の本件運転を許容し、あるいは少くとも可能ならしめたものということができるから、被告会社は本件事故発生当時において未だ被告車に対する支配力を失わず、従つて運用供用者たるの地位を持ち続けていたものといわなければならない。従つて被告会社の主張は失当といわざるをえない。

四、損害

(2) 原告車の破損による損害

<証拠>を総合すれば次のような事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

健は昭和三七年三月一七日東京トヨタ自動車株式会社からその営業(自家用)のために原告車を新車で、代金六一八、〇〇〇円で購入した。ただし、事業所得の課税を免れる目的から登録上は原告角田の実兄の訴外角田重勝の所有名義にし、自動車保険も右訴外人名義で締結していた。原告車は本件事故により大破し修理しても使用することが不可能となつたので、事故直後群馬トヨタ自動車株式会社を通じて解体業者の鈴博商店にスクラツプとして、代金五〇、〇〇〇円、ただし牽引料二、〇〇〇円控除の約定で売却された。

ところで、本件事故直前における原告車の価額は、これを直接算定することは実際上不可能であるから、特別の事情の認められないかぎりは会計学上及び税法上一般に採用されている固定(減価償却)資産の減価償却額(費)計算の方法によつてこれを算定するのを相当とする(なお償却額の計算方法としては定額法、定率法、比例法、取替法などがあるが、一般には前二者が用いられ、わが税法(所得税法施行令第一二〇条、法人税法施行令第四八条)も前二者のうち、いずれか一方を納税者が選択できるとしている。本件においては原告車が貨物運送事業等に用いられたものではないから、もつとも標準的な定額法によるを相当とする)。そして、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大省省令第一五号、なお同令は原告らの主張する固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二六年同省令第五〇号)の全文改正されたものであるが車両の耐用年数の定めには変更はない)第一条第一項第一号、別表第一は、所得税法及び法人税法上の計算上原告車と同種の型の自動車の耐用年数を五年と規定しているところによれば、特段の事情の認められないかぎりは、原告車の耐用年数も五年間とみるのを相当とすべく(原告車のようなライトバン型式の自動車が右省令にいう貨物自動車に当るかどうか必ずしも明らかとはいえないのでより確実な耐用年数を用いることにする)、これによつて、原告車の、購入時期の昭和三七年三月一七日から事故発生日の同三八年六月三日までの一五ケ月間の減価償却額の累計を計算すればその額は金一五四、五〇〇円となる(なお正確にいえば、償却期間は一四月一八日であり、又償却額は取得価額から残存価額(スクラツプ価額)を控除した価額を基準とし、前記大蔵省令第五条、別表第一一によれば残存価額は原告車の場合は取得価額の一〇%となつているが、定額法によつたことと対応して、より確実な数価を算出するため、原告らも主張するように償却期間を一五ケ月間とし、残存価額を控除しないで算出した)。従つて原告車の事故直前の価額は少くとも金四六三、五〇〇円であつたことが推認できる。そして、前記認定事実によれば原告車の価額は本件事故により金四八、〇〇〇円に下落したものということができるから(なお、前記大蔵省令による残存価額によらないで、具体的な交換価額によるほうが、特別の事情の認められないかぎりはより合理的といえる)、結局本件事故による大破のため、原告車に生じた評価損は少くとも金四一五、五〇〇円というべきである。(岩井康倶)

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